ハーモニーの映画を見ながら、
最後のシーン。
トァンがミァハと再開し、語り合い、
そして、ミァハに銃を突きつけるシーン。
ミァハを銃で撃つトァン。
原作とは少し違うラストシーンだが、
今回はトァンの台詞について思う事があった。
よく言われてるのが、
この作品は百合小説という事だ。
私はこの作品は百合とは思わない。
ただ、目の前にいるのに
自分よりはるか高みに居る存在を追いかける。
ただその対象が“同性”であった。
という事だけだ。
学者が未知のものを追いかけるのと同じ。
ロマンを追いかける者の話で、
百合とは違うのではないかと思う。
という、私の見解をさておき
本題は “愛してる。ミァハ” という、
トァンの台詞だ。
愛とは恋愛感情だけとは限らないという事だ。
何を当たり前な事を今更。と、
思うかもしれない。
でも、今の私はふと思ったのだ。
感情に流され、
その感情の本質を忘れてはいけない。
愛も恋も追いかける対象がいて、
ロマンの一部でありながらも、
その本質は全くの別物だと言うこと。
与えるか、求めるかでは意味が違ってくる。
日本語が一番そうだと思う。
言い方一つ変えれば全く違うものに見えるが
本質はどの位置で見るかで、
全く違うのだから
忘れてはいけない。
対等でありたいと願うなら、その為の知識が必要だ。
経験は全く同じ条件で得られたとしても、
得るものは多少なりとも誤差は出ると言う事を