ブランド主義なんて言葉を聞いたものだから、
これは納得すると思って書き留めておこう。
東大や早稲田の知名度の高い大学に入る事が
その人の価値を上げるという話なのだが、
それは他人の偏見じゃないかと思う。
良い大学に行ってるからといって、
その人の人間性が素晴らしい訳でもないし、
その逆もしかり。
大学の名前に託けて、
鼻高々に天狗になってる人は
傍目から見れば“虎の威を借る狐”と同様に、
ブランドの名前に価値を置いてるだけにしか聞こえない。
ブランド物が悪いと言ってる訳じゃない。
デザイン性や機能性と言った機能面で
文句がある訳では無い。
ただ、価値をどこに置き、
自分の価値をブランド物で底上げしようが
その人の内面的価値を上げるものは
そこに(ブランド物に)はないという事だ。
ブランドを身に着けている
=外見的 判断材料
会話や仕草、行動
=内面的 判断材料
に分かれると思うのだ。
随分と逸れていってしまった気がするが、
名前が全てではない。
名門の大学より、
良い先生、自分に合った場所、
自分の価値を引き上げれる様な、
もしくは、引き出してくれる様な場所を選ぶ事が大切なんだろうな。
価値を上げる=外見だけではないのだ。
内面価値を上げるのは自分の世界を広げる事にも繋がるのだから。
今しかない。
そう思った時に動けるかどうかは
自分次第だ。
他人の事ばかり気にして動けないのは、
恐怖も、不安も、愛着も、執着も混ざって
先の見えない不安に竦んでしまうからだろう。
動かなければ変わらない。
変わろうと思った時が、動き出す合図。