空想思考

メモ書き。考察、見解。その他

メモ

自分だけど映し出されたものは客観的に見てるから、

自分ではない。と錯覚する。

自分でありながら、それに近い何かになる。

だから、鏡を見ながら自己暗示をかけると

かかりやすく?なる。

 

いやまず、自分を見るには他者の存在が必要だから、

自分が見てる世界、見えてる世界、

価値観の違いやら全部抜きにしても、

鏡がなければ、写真なり、石膏、他者に描いてもらう、自分で触って感じる…とか。

 

反射させるか、客観視するか、

触って思い浮かべるしかない。

 

絶対的に自分と同じものを作るならコピーするしか…

いやそれでも自分1部から離れたなら、

それは私ではなく、

私だったものとして客観視されてしまう。

自信ですら客観視出来るのだから

本当の私とは…?

 

たくさんの継ぎ接ぎで出来た達の意思は、

意識は、存在は、

本当に私だけのものだろうか?

タイムマシン

タイムマシンで過去なり未来なり行った人が

元の時間(5分程度の時差を込めて)

に戻った時、

過去、未来で過ごした時間はその分だけ歳をとるのだから、

戻った時に髪や背が伸びていたりしてもおかしくないはず。

 

ましてや、ドラえもんの道具のタイム風呂敷みたいなものがある訳でもないのだから。

 

でも、幼ながらに他の子より人生経験が豊富になるうえに、

色んな意味で成長した人間になるだろう。

そこで打ち止めになるか、成長できるかは別問題だが。

映画の屍者の帝国では、

フライデーになぜ私を置いてったとなげかけるシーンがある

ふと思ったんだ。

伊藤計劃さんと、円城塔さん2人の様だと。

生者の問い掛けのような。

 

何故置いていかれたと感じる?

何故、勝手に死んでしまった事に対して置いてかれたと感じた?

なぜ、人は誰かが大切な存在だと思うんだ?

必要とそう思うんだ?

なぜ…?

他人の死すら自分の事のように感じて哀しむんだ。

肉体が滅んだだけじゃないか。

会話が互いに一方通行になっただけじゃないか。

存在が消えた訳じゃないじゃないか。

その人の精神が消えた訳でもない。

ただ、声を発して、対話して、思考して、

行動して、

目に見えるそれが見えなくなっただけじゃないか。

 

なのに、置いていかれた。

先を越されたじゃなく、置いていかれた。

 

あの時からずっと止まってる。

その時が動き出したら、私は死ぬのか。

別人格?に近いと言うべきか、

別人格ではないが、仮面の置き場所?

 

自分のSNSアカウント

いくつもあるであろうアカウントの中に

少しずつ本心と別人格が混ざってたら?

ペルソナ的な要素があるとしたら?

 

本人の肉体から離れた場所での乖離?

は別人格として捉えていいのか