空想思考

メモ書き。考察、見解。その他

映画の紹介動画(インセプション)を見ながら考察

 

思想の中に理想を詰め込んで、
白昼夢じゃなくて、明晰夢の連続と考えた方が近いのかな?


自意識と無意識の狭間を
階層と表現され、

表面階層に近い部分が自分が意識している、
人に見せてる表面的な思想や行動等。


下の階層に進むにつれて
その人の無意識に近づいていく。

 

夢も現実も証明が仕様のない現実だ。

今ここに書き連ねてる事でさえ、

夢かもしれないのだから。

 

私が私と認識している事すら、

誰かの世界で作られた一つであるという

証明も出来なければ、

そうでない証明も出来ないのだから。

 

私はここにいるという考えを持って、

そう言い放つしかない。

それ以外に説明するすべを持たないし、

基本的に主人格が表面に出てるだけで、

実際は私の意識下で私の知らない人格が連なってるかもしれないのだから。

 

DID(解離性同一性障害)や、多重人格にも当てはまるのではないだろうか?

主人格を守るために表面に出てきたのであって、

元々存在していた人格の中で、

今ある環境、状態、状況に適応する形で

今の人格が表に現れるのだとしたら?

私は今の、これを書いている私と

明日、目が覚めて、いつも通り過ごす私は果たして同じ私なのか?

 

シェリー・ケーガン先生の

死とは何か という本には今の私の記憶が明日も引き継がれ?記憶していることが、

それが続いていくこと。

それが、私である証明。

内容的にはこんなだったかな?

 

記憶が続いている事が私の証明だなんて…。

消えてしまってもそれは私なのか?

周りからすれば私であるが、

私自身が私でないと言ったら

別の形で(別の人格として)現れるのでは?

 

記憶がない。だけど、一般生活や、数学の様な部分での記憶は引き継がれ、

人格だけがない時、別の人格が現れる。

主人格の代わりに。

主人格が見て、聞いて、感じ、DNAに残っている記憶から、

別の人格を形成。

 

そうすると、

私の中で、私でない私が

いくつも存在すること。

DIDや、多重人格を発症した人も、

そうでない人も表面に現れないだけで

全員が持ってるのでは?

 

なんて、机上の空論か、卓上の空論にしかならないよな。

 

でもこれを書いてる途中で

脳の血管やら意識やら、

何やらがふわっとというか、虫の知らせの様に騒ぎ出すものだから、

あながち間違いでは無いかもしれない。

 

深淵をのぞく時、深淵もまた覗いているのだから…