空想思考

メモ書き。考察、見解。その他

価値観は

ブランド主義なんて言葉を聞いたものだから、

これは納得すると思って書き留めておこう。

 

東大や早稲田の知名度の高い大学に入る事が

その人の価値を上げるという話なのだが、

それは他人の偏見じゃないかと思う。

 

良い大学に行ってるからといって、

その人の人間性が素晴らしい訳でもないし、

その逆もしかり。

 

大学の名前に託けて、 

鼻高々に天狗になってる人は

傍目から見れば“虎の威を借る狐”と同様に、

ブランドの名前に価値を置いてるだけにしか聞こえない。

 

ブランド物が悪いと言ってる訳じゃない。

デザイン性や機能性と言った機能面で

文句がある訳では無い。

 

ただ、価値をどこに置き、

自分の価値をブランド物で底上げしようが

その人の内面的価値を上げるものは

そこに(ブランド物に)はないという事だ。

 

ブランドを身に着けている

=外見的 判断材料

 

会話や仕草、行動

=内面的 判断材料

 

に分かれると思うのだ。

随分と逸れていってしまった気がするが、

 

名前が全てではない。

名門の大学より、

良い先生、自分に合った場所、

自分の価値を引き上げれる様な、

もしくは、引き出してくれる様な場所を選ぶ事が大切なんだろうな。

 

価値を上げる=外見だけではないのだ。

内面価値を上げるのは自分の世界を広げる事にも繋がるのだから。

 

今しかない。

そう思った時に動けるかどうかは

自分次第だ。

 

他人の事ばかり気にして動けないのは、

恐怖も、不安も、愛着も、執着も混ざって

先の見えない不安に竦んでしまうからだろう。

 

動かなければ変わらない。

変わろうと思った時が、動き出す合図。

疑問

認識は錯覚かどうか。

 

認識したという事は

自分の意識の中で確認されたもの。

 

他者からすれば他人の頭の中であって、

自分の頭の中でないのなら、

それを確認する術はない。

 

脳波でグラフを付けた等なら...まぁ、

統計は出せるが、それを裏付ける証拠になる訳でもないだろう。

 

実際に映像にしたり、

文字や、音、色等で“コレだ!”という風に

表現できてる訳でないのだから

 

いや、むしろ、

人は文字や色、音等で他人に表現する事に

なんて言うか...

証明する事に

囚われすぎているのではないだろうか?

 

書き残す事は大事だと思う。

人の記憶力は脆弱だ。

 

書き出したもの、導き出したもの、

頭に浮かんだもの、疑問、その他。

 

色んなものを見聞きして、

見解、咀嚼、反芻を繰り返して

書き出した本人の意思を理解した気になって

これが彼、もしくは彼女達の思考だと

 

勘違い。すれ違い。

限りなくそれに近い何か。

 

なら、認識は“勘違い”という名の

錯覚に近いものも含まれてるのではないだろうか?

 

上手く言い表せない。

かと言って、色や物で表すのも難しい。

 

難しいな。色んな事が

 

生きる

生とは、

生きていると認識した時から始まる。

lost

それを失ってから気付く事と、

失う前に気づく事。 

 

その違いは何だろうか?

 

ただ、あるのと無いのだけなのに...

何が違うのだろうか?

 

分かるのに分らない。

 

答えが欲しい...

雨の日の光

たぶん、車を運転してる。もしくは

したことがある人なら分かるだろう。

 

雨の日、朝早く、もしくは夜かな。

 

雨でアスファルトが濡れて、

鏡のように光が反射して

水溜まりの向こうに

今自分のいる世界とよく似た世界があるように感じられるような幻想的な空間に出くわしたことがあると思う。

 

もちろんない人もいるだろう。

 

私は思うのだ。

もし、私が光で、

水の中へと差し込む光になって

反対側の世界に、鏡の世界に行けたら…

なんて思うことがある。

 

現実的なことを言えば、

反射や、屈折できなくなって地面に光が当たってるだけになるだろうが、

もし、向こう側に世界があるとしたら!

 

なんて

子供みたいだな、、、

 

向こう側へ行きたい。

この好奇心を埋めるために。

映画

The サークルは最も現代的な“Harmony”

 

“Harmony”著 伊藤計劃

 

補足

the サークル 現代的ディストピア

Harmony 近未来的ディストピア

疑問。

有り得ないのは、証明出来ないから。

 

有り得るのは、証明出来るから。

なら、

人の存在は有り得るのか?

自分が、他者が認識してるじゃなくて、

他の生物からしてみれば、人の存在とは有り得るのか?という話だ。