空想思考

メモ書き。考察、見解。その他

人間の脳の取り替え+α

人間の脳の取り替えるという話を読んだ。

 

人間の頭を取り替えるなんてことが出来るのだろうか?

拒絶反応の心配もある。

その前に、脳死した人間の体の

頭部を入れ替えただけで、

その体を動かすことが出来るのかどうか

という問題が浮かんでくる。

 

マウスでの実験は成功したらしいが、

マウスと人間では…と思う部分もある。

ならば、より人間に近いDNAでシュミレート出来ないだろうか?

とも考えるが、

やはり人間のエゴで動物の命を奪うのはと思う。

 

動物実験で成り立つ世界で何を言ってるんだ。

偽善者。そう罵られるのは仕方ないだろう。

だが、そうまでして永遠に生き続けなければいけないのか?

 

死があるからこそ、

生きることを確認出来るのだろう。

でなければ、

死など、生など、進化すら必要無い。

 

そうだ。

ゴキブリのように、人間はゴキブリを目指しているようなものだ。

 

数十、数百億年かけて、進化しつつも、

その姿形は変わらないゴキブリの存在は

人が望んた永遠に生きることと似ているのではないか?

 

人の延命処置には、

姿は変わらず、美しいまま、

永遠に行き続ける。

死なない。(死という概念すらない)

そんなイメージがある。

これは私の偏見もあるだろう。

 

ああ。そうだ、死なないで思い出した。

ノーストリリア”このSF作品では、

人が永遠に生きることが出来る薬を開発でき、そのため死なない人間が増え、

人口が増え続け、子供が増え続けるということで、

1,000歳になるとある館に行って笑いながら

狂い死ぬという話が冒頭部分にある。

 

不思議だな。

永遠を願っておきながら、死ぬことを選ぶのだ。

矛盾している。

でも、理解できない訳では無い。

だが、つまらないだろうな。とは思う。

 

結局、人は何になりたいのだろうな…

 

他力本願で、あるかもわからない未来に託して、

それを記録し続けるだけの、

コンピューターのようなものにしか見えなくなってくるな。

 

気を付けよう。

自分が何者なのか忘れないために。

言葉遊び

有り得るからこそ、

“ありえない”と考えるのだろう。

 

今日、明日のうちに死なないと思ってるからこそ、

明日への約束をするのだろう。

だってそれは、

“ありえる”可能性で、“ありえない”可能性でもあるから。

 

可能性の話をすれば無限に出るだろうが、

その中で現実性のないものを排除することが必要となる。

だからありえないと解釈するのだろう。

目次

そう、勿体ない。

 

自分の世界を広げるための媒体。

なのに、目次録…

寂しい世界。

つまらない。

でもそれを決めるのはその人自身で、

他者が口出ししていいことではない。

 

言葉を軽ろんじ、言葉を重んじる私には

それは言葉遊びと同じ。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

効用を求めるなら、その本は指し詰め

専門書か教科書のようなものだろう 。

 

つまらないな。

 

そんなに勉強することが楽しいのか?

いや、知識を得るのは楽しい。

だがそれは興味の湧く範囲であって

それ以外はどうなのだ?と聞かれれば、

どう答えるのだろうか?

 

私の期待する答えが返ってくるか、

来ないかは私の価値観次第。

 

 

侍女の物語を読んで

今の時代からすれば、

ありえそうで、ありえない堺の世界だと思う。

 

男尊女卑の世界で、

女性の価値がある1点に絞られるのと、

宗教の統一?の問題もある。

 

はっきり言おう。

例えば、侍女の物語の主人公や、

その中の一人の女性になったとしたら

自らの命を断つだろうと思う。

 

飛びたい...。でも

飛ぼうと思えば、いくらだって飛べる。

 

籠の中の鳥が、

扉を開かれても飛ぼうとしないのは

自分に問題があるからだ。

 

飛べるのに...飛べないのは

自分で枷を付けてるから。

分かってても、飛べないのは、愚か者だからだろうか?

飛べるのだ。翼が無くとも

人の考えは、人の考え方だ。

 

それ全てを受け入れる事は出来ないし、

ましてや、捉え方に次第で

最初は同感する言い分だったとしても、

後々 これは...。と、思う事もある。

 

だからこそ、

上を向いて手を伸ばし、飛ぶのだ。

たとえ、イカロスになろうとも。

 

イカロスは地に落ちる。

父の忠告を聞かず、空を飛び続け、

あまつさえ、太陽に近づきすぎた。

 

だけど、イカロスが飛び続けれないのは、

その体が肉体だから。

 

思考なら、

いくらでも空を飛び、地に落ちてでも、

また空を見上げて飛べるのだから...。

 

忘れちゃいけない。

 

飛べることを。地に落ちることを、

いつかはその思考さえ働かなくなる事も。

可能性、死後

人の死後に待ち受けるもの。

 

全ての人間が実験体(実験対象、モルモット)

と考えれば、

可能性の全てを構築する分岐点...いや、

世界樹?世界線。

世界線を一つのデータとすれば、

その統計で作られた世界がどこかにあるはずだ。

 

今、ここで認識している世界ではないことは

確かなのだが、

可能性の確率の問題なのか、

認識の問題なのか。